アストル・ピアソラ没後25周年 クラシカ・ジャパン開局20周年記念作品
12月1日[土]より Bunkamura ル・シネマ他全国順次ロードショー
名演小劇場にて12月15日[土]より公開
私は全ての真実を語らねばならない。
ある人は天使たちの物語を語ることが出来るかもしれないが、それは真実の物語ではない。私の物語は、ちょっとした卑しさも織り交ぜた、悪魔と天使をミックスしたものである。人生で前進するためには、全てを少しずつ取り入れなければならない。
アルゼンチン・タンゴに革命を起こしたアストル・ピアソラ。没後25周年となる2017年に母国アルゼンチンで回顧展が開催されることとなった。準備中の博物館に招かれたのは、息子のダニエル。父ピアソラが75年に結成した電子八重奏団「オクテート・エレクトロニコ」でシンセサイザー/パーカッション奏者として活躍した人物だ。父の自伝“Astor"を発表した姉のディアナはすでにこの世を去っているため、ピアソラの家庭人と音楽家の両方の顔を知る肉親は彼しかいない。回顧展を担当するキュレーターの説明を受けながら、ダニエルは海辺でバーベキューをしたときの父の驚くべき真実を語り出す。「過去を振り返るな。昨日成したことはゴミ」と語りながら楽譜すべて焼き捨てたのだと。
55年頃から踊るためのタンゴではなく聴くタンゴを世に送り出したピアソラは、タンゴ純粋主義者やメディアから徹底的に非難される。しかし、無理解や理不尽な扱いに屈せず、アヴァンギャルドなタンゴをひっさげて世界に飛び出していった。不屈の精神は、才能を見抜いたアストルの父ビセンテに寄るところが大きい。
まだ4歳だったピアソラは、音楽愛好家だった父の独断でアルゼンチンからニューヨークへ一家3人で移住する。住まいは移民が暮らすロウアー・イースト・サイド。貧困と暴力が渦巻く環境でたくましく育つピアソラに、ある日、父が中古のバンドネオンを買い与えた。毎晩、息子が奏でるバンドネオンの音色に聞き惚れていたビセンテ。ピアソラは語る。「私が今、こうしてバンドネオンで生活できるのは、父が私のことを天才だと信じてくれたからだ。私の人生を開いたのは父だ」
アルゼンチンに帰国したピアソラは本場のタンゴを聴きまくり、当時大人気だったトロイロ楽団に入団を果たす。やがて、妻となるデデとも出会い、ディアナとダニエルも生まれた。波に乗るピアソラは自身の楽団を立ち上げ、作曲活動に専念する。フランス留学の奨学金を得るほどクラシック音楽にのめり込んだピアソラだが、作曲家のナディア・ブーランジェにタンゴの道に進むべきと助言された。師の教え通りにブエノスアイレスで八重奏団を旗揚げしたものの、革新的なタンゴは非難囂々。命を狙われたピアソラは家族を連れて、逃げるように古巣のニューヨークへ舞い戻る。しかし、人脈のないピアソラにアメリカの音楽業界は冷たかった。ダニエルのピアノレッスン代はおろか、食事代にも事欠くほど追い詰められていく中、愛する父ビセンテの死去が伝えられる。
音楽家としての運に見放され、心の支えだった父を失ったピアソラ。失意のどん底から産まれたのが、父に捧げた傑作「アディオス・ノニーノ」だ。たった30分で書き上げた魂の叫びは、後にピアソラの代表曲となった。母国に帰国したピアソラは不退転の覚悟で五重奏団を結成し、耳の肥えた音楽ファンを獲得していく。音楽活動が順調になるのと反比例するように、不遇の時代を支え合った家族との間には隙間風が吹いていくのだった……。
監督:ダニエル・ローゼンフェルド
出演:アストル・ピアソラほか
2017 /フランス・アルゼンチン/英語・フランス語・スペイン語/カラー(一部モノクロ)/ 94分
配給:東北新社 クラシカ・ジャパン
国際共同製作:クラシカ・ジャパン
後援:アルゼンチン共和国大使館
©Daniel Rosenfeld? © Juan Pupeto Mastropasqua
https://piazzolla-movie.jp/